ドラマ「この声をきみに」(NHK)の舞台化が決定。朗読教室に集まった人々の「心の交流」を描き人気を博した同作の“スピンオフ”として、舞台版オリジナル脚本・新キャストでお送りします。今回は、主演を務める歌舞伎役者の尾上右近さんにインタビューしました。
2017年、竹野内豊さん主演で放送されたドラマ「この声をきみに」(NHK)。とある朗読教室に集まった悩める人々が声で心を開放し、人と交流する様を丁寧に描いた心温まる作品です。
このたび、新キャスト・書き下ろし脚本による舞台「この声をきみに~もう一つの物語~」の幕が上がります。主演を務めるのは、“歌舞伎界のニュープリンス”との呼び声高い尾上右近さん。ストレートプレイの舞台に立つのは2度目だという右近さんに、作品にかける意気込みなどを聞きました。
舞台上で起こる役者とお客様とのコミュニケーションが醍醐味
――ドラマ作品が舞台作品へと形を変えたことについて、どのように感じましたか。
その瞬間に起きていることを役者とお客様とが同時に共有することが、大きな違いだと思います。本作のテーマである「コミュニケーションの重要性」を、朗読を通して主人公が気付いていくという切り口によって、お客様にもより強く訴えることができるのではないでしょうか。
また、舞台にはドラマとは違う独特の迫力があるんです。それがあることで、伝えたいことを伝えることができます。愛情のような温かい部分を迫力をもって表現する、違う種類のエネルギーが同居して成立させられるのが、舞台の好きなところなので、共演者の皆様と作り上げ、より強くメッセージを伝えていきたいです。
人づきあいが苦手な主人公に共感
――本作はドラマのスピンオフという位置づけで、登場人物やエピソードが一新されます。右近さん演じる主人公・岩瀬孝史はどんな人物なのでしょうか。
演じるのは、大学の理学部数学科を卒業した会社員6年目の青年、僕と同年代の役です。彼は人づきあいが苦手なタイプで、仕事でもコミュニケーションが上手くいかず息苦しさを感じている。その彼が朗読教室に通うなかで人と心を通わせていきます。
――右近さんご自身はコミュニケーションが好きとのことですが。
僕も、そもそも根本の性格はわりと内気だし、人との関わり方に戸惑うタイプなんですが、あの手この手で克服して、いや試行錯誤して克服している最中というか。そんななかで人との会話が好きになったわけです。僕が演じる役は、朗読教室に出会うまではまだ克服するためのきっかけや方法が見つかっていないんだと思うんですよね。僕は主人公の性格に近い部分があって共感しやすいです。
歌舞伎と朗読劇における、声の使い方の違いとは?
――朗読が重要なキーとなるこの舞台。過去に「ラヴレターズ」で朗読劇を経験していますが、歌舞伎役者のなかで朗読が上手な方はいらっしゃいますか。
実は、苦手な方もいらっしゃるようです。この間「ラヴ・レターズ」に出演させていただいたとき、何人かの方にお話を聞いたら、朗読劇は声を潰してしまいそうになることもあるようです。歌舞伎のセリフでは声を作って発声をしているんですが、これは実は声を潰しにくいんですよ。でも、朗読劇のように本を読み上げるときって普段の喋り声をそのまま大きくするという感覚になるらしくて、それが声帯を痛めてしまうようです。朗読に慣れている方は声を作ってやっていますが、裸の声で演じるとやはり大変ですよね。それは身をもって体感しました。
すごいなと感じるのは市川中車(香川照之)さんです。中車さんは歌舞伎の舞台でもほぼ地声で演じられているそうですが、なかなか声を潰さない方なんですよね。すごく不思議です。
――舞台によって喉の使い方を巧みに変えているんでしょうか。
歌舞伎役者の皆様はそうやって訓練していらっしゃると思うんですよね。若い男性の役なら高めの強い声、老けてきたら低いしゃがれ声を出す。歌舞伎の場合、そのための声を出す練習というのはないので、舞台上で演じながら訓練していきます。日々訓練ですね。
ピアノの生演奏がつく舞台と歌舞伎との共通点
――歌舞伎役者であると同時に、清元(歌舞伎の舞台で邦楽を奏でる伴奏者)も勤めている右近さん。今回の舞台はピアノの生演奏がつきますが、共通点はありますか。
共通する部分はすごく大きいと思います。歌舞伎も生演奏とともに演技が行われるスタイルの演劇。僕は音楽を奏でる清元の家柄に生まれて、そこから役者になったんです。歌舞伎って「歌(うた)」と「舞(まい)」と「伎(わざ)」と書いて「かぶき」と読むように、まず歌があって、演技や踊り・所作が舞と伎の部分なんですよね。音楽ありき、音楽劇と言ってもいいのが歌舞伎のスタイルだと思うんです。
生の音を聴きながら役者が動き、音によって気持ちや情景を作るのが歌舞伎役者。その生の音に対して生の反応と自分の感情があり、そこに乗っかってお芝居をしていくことを小さい頃から訓練しているんですけれど。それと今回のピアノの生演奏という演出はすごく共通すると思います。ピアノを生で聞きながら自分がお芝居するというのが、リズムやペースや情景を作るうえで助けていただけるんじゃないかなという思いがあります。
歌舞伎役者は“人を喜ばせるお坊さん”
――たくさんの舞台を踏んできたなかで、ときにはエネルギーの足りない日もあると思います。そんなとき原動力になるものは何なのでしょうか。
正直、それが湧きづらい時もあるので、とにかくやると決めたことをやる。歌舞伎役者は日ごろから一つの芸を極め続けているという意味で「修行僧」に近いと感じていて、毎日お勤めをするお坊さんと同じなんじゃないかなと。ある意味、人を喜ばせるということに特化しているお坊さんだと思っているんですよね。
とにかく、お客様を大事にするという気持ちでやる。あまり自分のコンディションに目を向けないようにしています。気持ちの矢印を自分ではなくお客様や共演者といった外に向けることで、毎日ムラなくできるようになってきている感覚があります。また、調子が良いときは勢いでできてしまいますが、少し調子が悪いかなと思うようなときの方が新たな発見があります。どちらの状態も楽しんで客観的に感じ取る、それが訓練だと思っています。
――歌舞伎役者をしているなかで、どうやってオンとオフを切り替えていますか?
今はお酒を飲みに行くことかなと思っています。楽しく飲むってことが一番オフになりますね。ですが、下手すると頭の回転が速くなっちゃって、集中力が生まれてしまうときもあるので、そのときは大変です(笑)。
ストレートプレイで感じられる密度と速度
――ストレートプレイは2度目となる今回。歌舞伎とは表現方法が大きく異なりますが、互いに影響する面はありますか。
歌舞伎の場合、共演者は幼い頃から知っている同じメンバーであることが普通です。それが信頼の強さではあるんですが、ある意味“馴れ”に通じてしまう。当たり前の感覚ではいけないと思っています。
初めて新劇に出させてもらったとき、初めて共演するみなさんと1ヵ月間のお稽古で関わって、よーいドンって一緒にお芝居を作っていくのが、戦友のような感覚がありました。同じ方向を向いてやろうぜっていう仲間意識が、短期間のなかでぐっと詰まっていき、その密度と速度は歌舞伎の世界では今まで感じたことがありませんでした。このことが、人との交流や出会いを大事にしようと常日頃から思うきっかけになりました。歌舞伎の世界に帰ったときも、ひとつひとつの関わりを大事に、今までずっと一緒にやってきた人たちとも、自分なりの関わりを、改めて築きたいなという意識に繋がりました。
歌舞伎はお稽古期間がものすごく短いおかげで、出ようと思えば1年で12ヵ月舞台に出られるんです。そんな環境で育ってきているので、この歳で多くのステージを踏んだことは強みになると自分でも思っています。舞台空間に安心感があるというか、恐怖感がない。それを支えに新しい世界に飛び込めるような感覚があります。
今回の舞台も、僕自身今からとても楽しみにしていますし、お客様にもきっと楽しんでいただけると思いますので、ぜひ劇場へお越しください。
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